七十二候のひとつ、「梅子黃(うめのみきばむ)」——梅の実が黄ばむ時期のこと。
なんて繊細な言葉だろうと、毎年思う。たった五日ほどの移ろいに、わざわざ名前をつける。梅の実が青から黄へと色を変えていく、そのわずかな変化を見逃さずに掬い取る。季節のうつろいをこれほど細やかに名付けてきた、日本人の感性が好きだ。暦の言葉を知っていると、何気ない風景が少しだけ愛おしく見えてくる。
母の梅酒と梅干し
今の季節は仕込みの時期。青い実を洗って、ヘタを取って、瓶に並べていく。味わえるのはまだ先だけれど、母が漬けてくれた梅酒や梅干しを楽しみに待っている。
すぐには口に入らない。何ヶ月も、ものによっては何年も、暗いところでじっと待つ。手間をかけて、じっくりと。そういう時間の積み重ねが、まるごと瓶の中に入っている気がして——ありがたくいただく、その日が楽しみだ。
ブランデーで漬けたスペシャルバージョンもあって、これがまた格別。琥珀色の、まろやかでちょっと贅沢な一杯。母の手を思いながら、大事に少しずついただく。
梅が、好きになっていく
日本人って、本当に梅が好きだなあと思う。花を愛で、実を漬け、おにぎりにも、お弁当にも。暮らしのあちこちに、当たり前のように梅がいる。私も年々、梅が好きになっていく。
酸っぱさの中にある、やさしさみたいなもの。若い頃はただ「すっぱい」としか思わなかったのに、今はその奥にあるまろやかさが愛おしい。大人になるほど、その味がしみる。